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我が延岡高校120年の歴史の中で、たった一度だけ甲子園に出場した夏がありました。
1974年(昭和49年)第56回全国高校野球選手権大会

この時のエースだった大山喜久夫(おおやま・きくお)さんが、肝細胞がんのため、3日亡くなりました。
「俺たちを夏の甲子園に連れていってくれた。」と斎場から溢れるほどの沢山の男泣きの仲間たちに見送られ、5日に葬儀が行われました。

56歳とあまりに短い人生でしたが「幸せな人生だった。」との言葉を亡くなる前に語っておられたとのことです。

我が校のスポーツ史に煌く大きな星・左腕のヒーローの逝去に際し、心より追悼の意を表します。

当時は、まだ家庭用VTRも無い時代で、映像が残っていないのが非常に残念です。
大山投手は、74年高校野球界九州ナンバーワンの左腕ピッチャーであっただけでなく、さわやかでハンサムで素敵な方でした。

この年まで、宮崎県予選大会を勝ち抜くだけでは甲子園に出ることはできなくて、
宮崎県から2チーム、沖縄県から2チームが出て戦う南九州大会で優勝しなければなりませんでした。
翌75年から宮崎県・沖縄県が一県一代表参加と なったのです。
(全国高等学校野球選手権大会南九州大会優勝タイトルは、我が延岡高校が永久保持となりました。)

74年南九州大会第一試合の相手は、その後高校野球史にその名を残した赤嶺投手(当時は一年生)擁する豊見城高校。
大山投手は豊見城高校の強打線を完璧に封じ込み「3-0」と完封勝利。
甲子園出場を賭けた決勝試合の相手は、これも当時の沖縄県を代表するオーバーハンド糸数投手擁する石川高校。
大山投手は、この試合でも石川打線を押さえ込み「3-0」と完封勝利。

この時の相手投手だった赤嶺投手は、その後76年に読売ジャイアンツにドラフト2位で指名され入団。
糸数投手は、76年にドラフト2位で太平洋クラブライオンズ(今の西武ライオンズ)に入団。
このプロに進んだ2投手に、大山投手が投げ勝ってつかんだ甲子園初出場だったということは、覚えておいてくださいね。
【参考1】
沖縄タイムス[夏ヒストリー]豊見城と石川が代表に 1974(昭和49)年

甲子園での西中国代表・防府商(山口県)との試合は、初回我が校が大量7失点。
これが響いて「0-7」で敗戦。

大山投手は制球が初回のみ大きく乱れて、その後の回は両チームの両投手ともに見事な投球。
5回に達しない時に大雨が降り出し、試合は中断。56分間の中断となりました。
もう少し雨が続いていたら、雨天ノーゲーム再試合になるケースでしたが再開。
再開後も両投手が投げ合い「0-0」と無得点でしたので、いろいろと実に悔やまれる試合でした。

この年、相手チームだった防府商は、これで勢いがついて決勝まで進み、準優勝という立派な成績をおさめました。
(この年の甲子園全試合結果は【参考2】を見てください。)

大山投手が甲子園に連れて行ってくれたのは、選手や野球関係の方々だけではなく、
上の写真にあるようなスタンドで応援した皆さんたちすべて、そしてテレビの前で応援した延高ファンすべてでした。

アルプススタンドでは、みんなずぶ濡れになりながら応援したのでした。
その時の思い出を今でも、皆さんが懐かしく語ります。

甲子園応援の行き帰りは、カーフェリーで一人当たり畳半畳ぶんぐらいしか寝るスペースが無くて、
おまけに帰りは台風の影響で船が大揺れだったとか。

応援に行った皆さんが現地で団体で泊まったのは、宿泊施設ではなく幼稚園だったとか。

でも、今はそれが皆さんのかけがえのない、いい思い出になっているそうです。

あの時、延岡高校を応援してテレビで見ていらっしゃった皆さんも、
少しの悔しさとともにこの試合を懐かしく思い出し、語りだすそうです。

その今も忘れられない、キラキラ輝く青春の思い出を作ってくれたのが、
大山投手と当時の延高野球部でした。

「大山さん、ありがとうございました。」

【参考2】
昭和49年1974年度
第56回大会
1回戦
平安(京都) 9-1 一関商工(岩手)
上尾(埼玉) 5-1 三国(福井)
2回戦
城西(東東京) 3-0 佐世保工(長崎)
高岡商(富山) 5-3 函館有斗(南北海道)
郡山(奈良) 4-0 秋田市立(秋田)
佐伯鶴城(大分) 9-0 野沢北(長野)
福岡第一(福岡) 3-2 長岡商(新潟)
中京商(岐阜) 2-1 高知(高知)
旭川竜谷(北北海道) 4-2 丸亀商(香川)
防府商(山口) 7-0 延岡(宮崎)
前橋工(群馬) 8-1 玉島商(岡山)
東洋大姫路(兵庫) 5-2 山形南(山形)
東海大相模(神奈川) 3-2 土浦日大(茨城)
盈進(広島) 2-1 名古屋電工(愛知)
銚子商(千葉) 5-1 PL学園(大阪)
鹿児島実(鹿児島) 1-0 佼成学園(西東京)
静岡商(静岡) 6-1 福島商(福島)
平安(京都) 5-4 上尾(埼玉)
静岡商(静岡) 7-1 旭川竜谷(北北海道)
前橋工(群馬) 2-0 佐伯鶴城(大分)
鹿児島実(鹿児島) 1-0 高岡商(富山)
3回戦
平安(京都) 4-3 東洋大姫路(兵庫)
郡山(奈良) 5-2 城西(東東京)
防府商(山口) 10-3 福岡第一(福岡)
東海大相模(神奈川) 13-6 盈進(広島)
銚子商(千葉) 5-0 中京商(岐阜)
準々決勝
銚子商(千葉) 6-0 平安(京都)
防府商(山口) 6-3 郡山(奈良)
前橋工(群馬) 1-0 静岡商(静岡)
鹿児島実(鹿児島) 5-4 東海大相模(神奈川)
準決勝
防府商(山口) 2-1 鹿児島実(鹿児島)
銚子商(千葉) 6-0 前橋工(群馬)
決勝
銚子商(千葉) 7-0 防府商(山口)

 

 

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工藤 ゴウ

工藤 ゴウ

代表取締役コスモメディア株式会社
延友会ウェブマスター。 西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まったという旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 音楽データサービスやWEBデザインなどデジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

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